Last Updated on 2023年10月1日 by 海外勤務のすすめ
皆さんは、労災保険は原則として「国内勤務者が対象」ということをご存知ですか?
実は労災保険は、日本国内で働く労働者のための保険で、海外出向者は日本の労災保険の対象外となります。
そんな海外勤務者のために、「労災保険の特別加入」という、いわゆる任意加入の労災保険の制度があります。
昨今海外駐在者を出す企業が増加しており、特別加入で労災に加入する企業も増えています。
海外派遣者には特別加入をさせるべきでしょうか?その他制度について見ていきます。
目次
1.海外派遣者の労災特別制度とは?
まずは厚生労働省が作成している、「特別加入のしおり」をご覧ください。こちらに海外派遣者の労災保険について、おおよその内容が記載されています。詳しくはこちらをご覧ください。
http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040324-7.pdf
以下、ポイントを掻い摘んでご説明します。
加入対象者は?
正確には、「日本国内の事業主から、海外で行われる事業に労働者として派遣される人」と規定されており、日系企業で働く海外駐在者は概ね対象となります。一部条件付きですが、海外現地法人の社長として赴任する人なども対象となります。
なお、海外出張は国内勤務の延長という考え方になりますので、海外出張者は特に特別加入する必要はありません。
海外出張について、昨今では海外と日本を短いスパンで往復するという方も多く、出張と駐在の線引きが難しくなってきていますが、特別加入の対象か否かは実態に即して判断されます。生活の拠点を海外に移しての活動は、出張と判断されない可能性もありますので注意が必要です。
<その他の特徴>
・現地採用者、日本からの出張者、留学生(業務命令を含む)は特別加入ができません。
・駐在国、渡航先による加入制限はありません。
加入状況
こちらに令和元年度末時点の海外派遣者の特別加入者数の数値が公開されています。
出典:厚生労働省「中小事業主等特別加入状況(令和元年度末現在)」
この資料によると、いわゆる一般企業の駐在者の加入者数は約10万人のようです。(現在はコロナ感染症の影響で、一部帰国した駐在者もいると思います。)
東洋経済新報社の海外進出企業総覧によると、海外進出企業数は約33,000社(令和3年版)ということで、進出社数を踏まえると、個人的にはまずまず加入しているのかな?と思います。
傾向として、大企業の駐在者は概ね特別加入していると思いますが、一方で特別加入でカバーする補償は民間保険等でカバーしているので、敢えて加入しないというケースもあるように感じます。
この辺りは、各社の考え方、保険の付保状況次第かと思います。
補償内容は?
補償内容は、国内勤務者と同様の内容になります。通勤災害についても給付があります。
保険料は?
対象者の給付基礎日額(最大25,000円)をもとに算出して労働基準監督署に申告・納付します。
給付基礎日額とは、ざっくり言えば、対象者の日給換算額になります。仮に本人の給付基礎日額が最大の25,000円の場合、年間保険料は27,375円となります。
海外派遣者の給与を日当に換算すると比較的高額になるケースが多く、数年前は20,000円が限度でしたが、実態に即した形に見直されました。これはアルジェリアのイナメナステロ事件で日系プラント建設会社が被害に遭ったことを機に見直されたとも言われています。
業務中か否か、誰がどのように判断するか?
業務中か否かの判断ですが、これも国内勤務者と同様の考え方となります。
判断者は、派遣元事業所を管轄する労働基準監督署長ですが、労災保険の適用可否については、下記の2点を元に判断されます。
・ケガや病気が業務に原因があるか(業務起因性)
・業務を遂行する上で発生した事故か(業務遂行性)
ただ、海外の場合、上記の事項の判定が難しいこともあり、仮に申請する場合は、客観的な証拠資料を提供する必要があります。
例えば、病院の診断書(翻訳付き)や、事故等であれば警察のポリスレポート、新聞の記事、大使館のサポート履歴なども、業務時間中か、業務上かなどの判断材料となる場合もあります。
また、何より特別加入の申請書の記載内容が重要となります。
特別加入の申請書には、海外でどのような業務に従事するか、記載する欄があるのですが、この欄に記載されているものは、「業務中」と判断されやすくなります。
派遣元部署にも確認して、本人の行動パターンを理解し、できるだけ正確な業務内容を記載するようにしましょう。
海外でコロナ感染症に罹患した場合は、労災となるか?
こちらの厚生労働省のサイトによると、下記の回答がありました。
「業務に起因して感染したものであると認められる場合には、労災保険給付の対象となります。
また、新型コロナウイルス感染症による症状が継続(遷延)し、療養や休業が必要と認められる場合にも、労災保険給付の対象となります。
請求の手続等については、事業場を管轄する労働基準監督署にご相談ください。」(引用ここまで)
つまり、コロナに罹患した原因が、前段で記載した「業務起因性」と「業務遂行性」の要件を満たす場合は、労災と判断されるようです。
社命による海外勤務自体が、コロナ感染症のリスクを伴うので、労災と認められやすいと思われます。
なお、下記は、新型コロナによる労災請求件数の資料から、「海外出張者」部分を抜粋した資料になります。(全体版はこちらから 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症に関する労災請求件数等)
これを見ると請求件数の約7割のケースが労災と認定されているようです。
海外業務中に、テロで被災した場合は労災か?
昨今、海外では銃乱射や自動車暴走などテロ事件が頻発していますが、果たしてテロによって業務中に被災した場合は労災認定されるのでしょうか?
基本的な認定基準としては、国内の労働者の場合に準ずるとされています。
つまり、この場合も業務起因性、業務遂行性から判断されるわけですが、もう少し具体的に言えば、「労働契約に基づいて事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したものと経験則上認められるもの」が対象となります。
一例として、下記のような実例があります。
【概要】
平成3年7月、ペルーに赴任中の国際協力事業団(現在のJICA)の日本人農業技術者Aさんら3人が、反政府ゲリラに射殺された事件が発生した。3人は首都のリマ北部にある日本・ペルー合同農業研究施設で働いていた。Aさんらは、出勤した際、施設の玄関付近で待ち伏せしていた覆面の武装ゲリラに射殺された。
【労基署の判断】
3人に対して、新宿労基署は業務上の労働災害と認定した。
ポイントとしては、
・国際協力事業団では、労災保険の特別加入制度に加入していた。
・労基署は「同研究施設がゲリラの標的になっており、狙われる危険性がある中で仕事を続けていたと判断、業務との因果関係が強い」として申請を認めた。
このケースでは、労災と判断されましたが、それぞれのケースで結果が異なることも十分考えられます。必要に応じて、労災+アルファの補償を、民間保険などでカバーしておく方法も効果的です。なお、多くの企業が加入している海外旅行傷害保険では、テロに起因するケガの治療や死亡は「補償対象内」となります。
2.特別加入制度は活用したほうが良い
実際のところ、海外で仮に業務上のケガをした場合でも、会社で掛けている海外旅行保険や、現地保険などで治療してしまうのではないでしょうか?(ちなみに国内の場合、原則としては業務上のケガは健康保険で治療してはいけないこととなっていますが、任意加入の特別加入には「労災隠し」という概念がありません。)
そうなると、敢えて特別加入をする必要が無いようにも思えますね。
ただ、労災保険の本来の趣旨は、「被災者本人とその家族の生活の安定」が目的です。
つまり、労災保険は本来、被災者が就業できなくなった場合の生活の支援や、遺された家族の生活の安定のために設けられた保険で、万が一大きな事故に巻き込まれた際の家族への補償という側面が非常に大きいわけです。労災ほど手厚く、長期間遺族の支えになる保険は無いでしょう。
海外赴任者は労災を使うケースは限られますが、万が一の大きな事故に巻き込まれた場合などのため、会社としては特別加入制度を活用して備えておくことは重要です。
また、国内勤務者は無条件で労災の対象となりますので、社命で海外派遣している者も、同様に労災が使える状態にしておくことも重要です。
3.海外赴任者の事故を未然に防ごう
ちなみに、最近ではテロなどのセンセーショナルな出来事に目が行きがちですが、実は労災請求で圧倒的に多いのは過重労働(過労死)と、メンタルヘルス(うつ病による自殺など)です。
特に海外駐在者の場合、本社の監督が届きにくく、異変も察知しづらくなります。単身赴任の場合は食生活なども不規則になりがちです。
最近では、会社は「不健康な状態で社員を働かせてはいけない」という流れになってきています。
会社としては、積極的に赴任者の健康管理に注意を払い、実際に対策を講じる必要があります。
労災や民間保険を含めて「保険」は事後の補償となります。
まずは予防に注力し、海外で大変な事態にならないよう配慮する必要があるでしょう。